月夜見 “あのね…?”  〜月夜に躍る・]U

 


          




 海の色が少しずつ、重たげな藍を含み始める。空の色からは深みが遠のき、その透明度はいっそ素っ気ないくらい。そんな重苦しい冬場にならずとも、年間を通じてさして見るべきものも少ないここいらへ、わざわざ足を運ぶよな物好きな観光客もいないため、貨物専門の中継港というのが表看板だった、愛想もクソもない単なる片田舎の港町だったのは、もはや過去のお話で。

  ――― この冬はチキンとキノコのホット・ポーが目玉なんですってよ。
       あ、知ってるvv ホワイトソースが絶品なのよね。
       あと、カニとキャベツとモヤシの、黒胡椒風味の挟み蒸しにvv
       カニといえばココットよね、やっぱvv

 女性向けのファッション雑誌やら、グルメ情報満載と銘打ったタウンマップを手に手に、旅行者なのだろう、ちょいとしゃれめかした女性同士のグループが、華やかな笑い声を振り撒きながら闊歩する港町。創始者たちが開拓者たちへの敬意を込めて付けた町の名も、今や観光地としての穴場として広まりつつある、そんな町ではあったが、近年いきなり、観光地としての集客率が高まりつつあったのは、何も…この町の自治関係の上層部が何かしらの手立てを積極的に打ったからのことではなく。ちょいと小難しい言い回しをもってくるならば、

  ―――世界最強の広告手段、ネット上の“クチコミ”にて広まった評判に、
      時間とお金の両方ともが侭になる、
      溌剌お元気で今時には最も行動的な、妙齢のご婦人方が、
      その抜群の行動力にて詰め掛けて下さったおかげ。

 元はと言えば、単なる集荷場、ここいらの地域・海域の物流の中継点に過ぎなかった港を核として成り立っていた町。確かに物資や人が多く出入りする土地ではあったが、それらは単に“通過”するだけの話であり。土地自体にはさしたる特色も面白味もなく、地味で煤けた平凡極まりない“ただの港町”だったものが。あっと言う間に…甲高くも華やかで闊達な、プチセレブっぽい女性たちの軽やかな笑い声が、真っ昼間っからあちこちで響くような土地となったのは、一体いつ頃からのことだったやら。そんな客層が大挙しだした状況の変化により、陽の高いうちから飲んだくれてるような連中がいても珍しくはなかったような通りが、少々鼻白らんでかその有り様を取り繕い始め。そんな客層には縁がなかったがために、当地にはずっと存在しなかった、少々グレードの高い宿泊施設グループの関係者たちが、一体この町に何が起こっているのかという調査に来たとの情報を得るに至って。

  ――― 何もせずともそうなったという“状況”に甘んじる事なく。

 そこはそれ、商売人の町ですから。指を咥えて見てるだけでなんか済ましませんとも。港の一角に客船専用のそりゃあ立派な埠頭を設け、そこからメインストリート経由にて繋がりし、港が見下ろせる一等地の小高い丘の上へ、白亜のリゾートホテルをどんと建てた辺りは、さすが、商売には明るく鋭敏な人々揃いの街であり。そうやって町の側からも能動的に変化したことで加速を得、かつては山ほどの港湾労働者たちがその日暮らしの生活の拠点にしていて、活気があるんだかないんだか、下町になればなるほど少々荒んだ空気も漂っていたほどの港町も、今や。季節の色でドレスアップしたご婦人方が闊歩しても遜色の無い、明るく清潔な土地へと塗り替えられつつあるとのことで。


  ――― 前振り、長すぎですかね。お久し振りなのでちょいと設定のお浚いなぞ。





            ◇



 この町のそんなまでの激変への“誘い水”となったと、暗黙のうちながら…誰の目からも明らかなこととして囁かれているのが、下町場末の一角に秘やかに店を構えている、とある青年シェフ殿の卓越した料理の腕前で。年齢や性別、階級さえ問わぬ、本能レベルの欲求への誘惑だからこそ持て囃される、美味いものへの飽くなき探求というのは、よほどの不況にでも陥らない限り、いつの時代にあっても廃れはしないスタンダードな贅沢であり。ここ数年の情報分野の飛び抜けた発達の中にあって、世界中という広範囲シェアを網羅する“インターネット”世界における、所謂“食通”たちが口を揃えて評価したのが、彼の生み出す様々なオリジナル料理の数々だったという訳で。その料理というのがまた、筆舌に尽くし難きとしか言いようがないほどの絶品揃い。素材をよくよく知り尽くし、時にオーソドックスにも威風堂々、正統派のディナーを饗するかと思えば、あまりに斬新でエキセントリックな“型破り料理”のレパートリーも豊富であり、そのどれをとっても繊細にして華麗。何をおいてもまずは、口にした者を納得させ、満足させることを念頭に置いた料理やスィーツは、どんな臍曲がりでも“旨い、美味しい”と無意識のうちにも洩らすほどの逸品ばかり。世界中の高級ホテルやレストランを制覇するほど食べ歩き、いささか食傷気味だった著名な専門家たちでさえ、新たに興奮させ魅了した…と言われるほどの店だというのに。自分からは宣伝ひとつ打たず、名前さえ聞かれないような田舎町に拠点を据え、店の規模も小さくて無名。そこがまた“限定”とか“隠れ家”とかいうフレーズに弱い階層、殊に…金と時間は有り余っていたが斬新な興味対象には飢えていたところの、世の“通”には堪らない魅惑のエッセンスとなり。

  “だからって、奴のレシピを盗んでったところで、どうしようもなかろうにな。”

 料理なんてものには完全に門外漢。腹さえ満たせりゃいいじゃないかと、そんな観念しかない自分には、彼の作るものが確かにまあまあ美味いことは認めているものの、海を越えてまで食いに来るって行為へは前々から理解出来ないでいたし、ましてや、それを奪いたいだの独占したいだのとまで思う奴の気持ちなんて、全く知れないというところ。だからして、こそりとそのファイル(というかレシピ帳)を盗み出した奴の気が知れないし、そこへもう一つ付け加えるなら、それを取り戻さないと“大変だ”と言い出して、スナックになる“夜の部”の閉店間近い時間帯に遅い夕飯を食べに来た自分を、店から勢いよく蹴り出したナミの考え方にも、大いについてけなかったのだが、

  『いいこと? 今はまだ微妙に“隠れ家レストラン”だから、
   あたしたちが気がねなく“連絡の場”に出来てるようなもんなのよ?』

 そんなお店のレシピが、単なる風聞じゃあない“形あるもの”が世界中へと流出したらどうなると思う? どっか他所のコックの店が、苦労もしないでまんまと流行
はやるだけで終わると思ってたら大間違いなんだから。誰かに依頼して盗ませたものだってんなら、間に人が介在した分だけリークする可能性も大きくなるってもんだからね。きっとどっかから実態も広まる。よくある“此処だけの話”って格好でね。そうしたらどうなると思う? コアなマニアほどそういうのへの食いつきは物凄い。美食なんていう“罰当たり部門”の一等賞間違いなしなジャンルへの贅沢を、金に糸目つけないで探求してる人たちってのは、それこそあたしらが構える想像の範疇なんて翔っ飛びものの“貪欲”な連中ばっかだからなのよ? い〜い? もっと美味しいに違いないオリジナルを食べたいって人たちが今の倍は増えるのよ? 料理ってのはね、どんなに精密な秤でレシピ通りに調味料を測ったとしても、生み出した本人にしか全く同じ味は再現出来ない、究極のフレキシブルな芸術品なの。ただの真似っこでこれだけ美味しいなら、大元のシェフが作ればどんなにか、深い美味を味わえることだろか。舌が肥えていればいるほどに、次の何か、もっと上のものをって求めるのが人間の性(さが)みたいなもんだからね。あんた曰く“たかが食べ物”へそうまで熱くなれるような暇な金持ちが、じゃんじゃんやって来て、この店へ詰め掛けてご覧なさい。

  『ルフィやサンジくんが、此処から出てっちゃうかも知れないのよ?』

 そういうセレブな階層の人間たちは、取り巻きやら護衛やらを山のように引き連れてもくるでしょうし、注目だって集めてるから取材陣も連なってついて来るかな? 町はもっとどんどん洗練されてって…そうね、あっと言う間にあたしらの居場所自体がなくなるかもね。生身で盗みに入ってどうのこうのするような怪盗が跳梁するよな、そんな暢気な町じゃなくなる。ま、あんたは自分の腕に自信満々らしいから良いとしても。サンジくんがそうまでの腕前を持ちながら、なのに自分からは大々的に宣伝を打たないのは、此処を裏稼業の情報交換の場にしているってだけが理由じゃあない。自分の料理を大量生産したくはないからなの。だから、限界を超えるほどもの需要が押し寄せたら、此処を見切ってどっか他所の土地へ身を隠すことも辞さないって。

  『あんたが
   “正体がばれたなら無名の一人となって地下へ潜り直すまで”なんて、
   日頃から思ってるのと同じようにね。』

 実績も功名もお金も要らないと、やりたいこととか自分とかを優先したいって気持ちは、あたしには正直ちょっと意外だったけど、あんたになら判るんじゃないの? そんなサンジくんなだけに、

  『店を手放すぞってことになったら…当然、ルフィだって連れてくわよ〜〜〜?』

 まだ未成年なんだし、それより何より、ルフィのことをああまで猫っかわいがりしているサンジくんが、自分の監視下からそう簡単に解放するはずがないでしょう? あ、ちょっと待ってよ。話はまだ終わってないわよ? こら、ちょっとっ!

  ――― 他の長っとろい説明やら何やらはどうでもよかった。
(いやん)
       そして、そんなゾロだということを、
       実を言えばナミもまた、よくよく知ってたようだった。





            ◇



 潤みの強いせいでか、深色の虹彩部分が滲み出して来そうな印象のある、そりゃあ愛らしい大きな瞳は、彼のお顔をゆうに5歳くらいは幼く見せ、
「その上、そのタッパとそのガタイだもんな。」
 は〜あと肩をすくめて、これみよがしなため息をついて見せた兄上へ、
「うっせぇなっ。サンジだって、背丈はあるけどガタイは自慢出来たもんじゃねぇだろがよ。」
 床を拭いてたモップを振り上げ、ルフィが言い返しかかったその手から、
「こらこら。食いもんの店でこれはなかろうよ。」
 背後から肩越しにひょいっと、砂やら埃やらで十分に黒ずんだそのモップ、頭上へと掲げられる前に没収したのは誰あろう、

  「ゾロっ、帰って来てたんだなっ!」
  「わっ、こらっ!」

 いやっほうっと飛びついて来たルフィに柄がぶつからぬよう、取り上げたモップを慌てて背後へと回したもんだから。そんなせいで、抱きとめる手が片方だけになってしまったけれど、こちらの彼にはそんなの、何の障害にもなってはおらずである模様。何せ体格が違う。コブのようなブリブリの筋肉こそついてはいないから、いかにもむくつけき…というよりもいっそ。中肉中背、この港町では平均的な働くお兄さんという肢体に見えもするけど…実は さにあらん。柔軟性も兼ね備えていればこそのまとまりの良さは、実用に任せて作られた無駄のない筋骨である証拠であり、そこへと精悍な男臭さをまとい、それはそれは颯爽と、町の夜陰を翔る怪盗。どんなに仰々しい警備も警護も何のその、どこぞのトレジャー・ハンターも顔負けの何にも持たない素手空手にて、狙った獲物はあっさりいただく。この町の徒花、正義の義賊、怪盗“大剣豪”とは彼のこと。

  「ちょぉっと待て、
   何かややこしいフレーズがどさくさ紛れに入ってなかったか?」

 正義の義賊ですか? そんなもん、けったくそ悪いってことでしょか。それとも“徒花”ってところかな?
(笑) まあまあ、こんな些細なことなんか、気にしない気にしないvv
「で? 朝っぱらから何だよ、お前。」
 こちらさんは色々と重なってるらしき不貞腐れたお顔になっての“らっしゃい”と、いつものカウンターへまずはのコーヒーを出してやり、まあこっちへ来なという、彼なりの“おいでおいで”をしているサンジが、ドスの利いた声にて訊けば。
「ご挨拶だな、兄弟喧嘩を止めてやったのに。」
 あのまま“モップVSデッキブラシ”で店じゅう駆け回るつもりだったのか? 保健所から物言いが来るぞ? にやにや笑ってわざわざ言ってのけたゾロの懐ろ。ぼすんと飛び込んで収まったままだったルフィが、だが、

  「あれれぇ? 俺ら喧嘩してたのか? サンジ。」

 キョトンとして訊いたもんだから、
「そんなもん、する訳ねぇって♪ なあ。」
 一気にご機嫌が盛り返したらしいところは、いっそ清々しいほどだったけれど。
「〜♪」
 ふっふ〜んと鼻高々になって、こっちを見上げて来る坊ちゃんだってことは、ちょぉっと待って下さいな。
“もしかして、あいつをあしらうテクとか身につけたんでは…。”
 まあ…こうもしょっちゅう、大好きな人とお兄さんとが剣付き合うのを見ておればねぇ。場を収めるにはどうしたらいんだろかって、ナミさん辺りに相談したのかも知れず。
“サンジをまずは持ち上げりゃあ手っ取り早いってか。”
 その結果がこれですもんね。ナミさんも凄いが、このやり取りではこう言えばいいと、絶妙な言い回しが即座に出て来たルフィもまた…恐るべし。
(おいおい・苦笑) ま、所詮は他所のご家庭の兄弟喧嘩だし、無事に収まってくれたんなら、それで別にいいんだがよと気を取り直し、
「その上、これも持って来てやったてのによ。」
 だから開店前に運んだんだろうがと、このところの急な寒さから羽織っていたらしき年代物なブルゾンの懐ろから、新聞ですというよな気安さで掴み出してカウンターへ、どさりと置いて見せたのは、

  「あ…っ!」
  「お、それって…。」

 兄弟そろって眸を丸くしたのも道理。先日ちょっと店を開けてた隙に、空き巣にやられて持ち出されてしまった、サンジ謹製のオリジナルメニューばかりを綴った、レシピファイルじゃあありませんか。
「え?え?え? なんでなんで? ゾロってば昨日まで、F国行ってたんじゃなかったっけ?」
 おや、最近では海外出張も珍しかないんですか、怪盗様。いつぞやは凄んごい不評を買ってらしたのに。(昨年のルフィBDでしたっけかね。)ああ、もしかしてあれが弾みになったのかなぁ? そんな遠くへ行ってた人が、何でまた。これを盗られたことを知ってて、尚且つ、それを取り戻してこれてるかなと。助かりはしたけど不思議だよぉと、ねえねえ懐ろを揺さぶる坊やだったのへ、

  「俺を見くびんじゃねぇっての。」

 余裕の一言と、ニヤリと渋い笑み一つ。途端に、
「…っ。/////////
 はやや〜〜〜っと真っ赤になったルフィ坊。あんまりかわいらしかったので、コテンと凭れて来たのをそのまま、懐ろの深みへ掻い込み直して。まとまりは悪いがふかふかな、元気のいい髪へと口元を潜り込ませての頬擦りもどき。小さな仔犬への構いつけみたいにして、きゅうと抱き締めてやったれば、
「あやあや。こら、ゾロ。////////
 不味いって、サンジ見てるってと、慌ててもがいたルフィだったのだけれど。
「そっちの心配は要らねぇみたいだぞ。」
 いつもだったら、

  『てめ、ウチの可愛い弟へ何してやがる、3枚に下ろすぞっ!』

 と来るはずが。
「…サンジ?」
「お〜い。」
 顔の間近にて手を振って見せても、全然気がつかない放心状態。戻って来たファイルにその視線も注意も釘付けの態であるらしく。
「そこまで大事なものだったんだなぁ。」
「みたいだね。」
 だったらだったで、ちょっと不満だと思ってしまうのは、どういう理屈であるもんだか。ちょっぴり頬を膨らませ気味のルフィにまたもや苦笑をし、相変わらずに凄腕の怪盗さん。今日のところは戦果も運気も絶好調であるらしい。さぁ〜すがはお誕生日月間であることよ。

  「なんだそりゃ。」
  「今年は途中で更新が止まってるくせに。」

 こらこらルフィくんっ。それは言わない約束よっ。
(ビクビク)







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 *カウンター222,000hit リクエスト
   ひゃっくり様『怪盗ゾロ設定で…まだ内緒vv』

 *あああ、しまった。長引いちゃったぞ。
  いや、お仕事の方は大した展開にするつもりはなかったんですが、つい。
  あんだけくだくだ並べたあれこれよりも、
  ルフィに逢えなくなるぞの一言が効いたということで。
(笑)
  さてさて、肝心な後編へ続く。